パールハーバーにおける戦争と芸術 -Part 3-

2018年2月7日更新

アーティストとして、ソランダーには自分の作品を楽しむ余裕はありませんでした。ソランダーと第123海軍設営隊は、戦争による被害がほとんどなかった南国のパラダイス、フィリピンのサマール島に近いカリコーン島で終戦を迎えました。

 

ヴィクター・ニルス・ソランダー(1912年10月14日モンタナ州ミズーラ生まれ)は、兄弟が5人いたという以外、子供の頃の情報や経歴などもよく分かっていません。1942年当時は30歳くらいで、戦地に赴くには年齢が高い気がします。けれどもシービーでは年齢が高めの経験者を、主に非戦闘部分の幅広い仕事に雇い入れていました。ソランダーは、1994年に故郷のミズーラでこの世を去りました。

 

穏やかな海を高速で走行する哨戒魚雷艇“エルコ80フィート型”ボート。第二次世界対戦中、中尉として魚雷艇PT109の艦長を務めたジョン・F・ケネディを讃えて、1960年代に誰かが“PT109”と付け加えた。

 

SBDドーントレス偵察爆撃機の出撃を前に活気づく飛行甲板。

Part4に続く